【平井基之の東大入試でわかる歴史のツボ5】「政教分離」への大いなる勘違い

2020.9.18
 日本国憲法では「政教分離」が定められています。では、なぜ公明党は存在できているのか? 靖国神社に閣僚が参拝して、問題ではないのか?

 これに応えるには、日本人の勘違いを正さなければなりません。すなわち、政教分離が「政治と宗教の分離」だというのが間違いなのです。これを、東大入試と歴史から解き明かしましょう。

◆政教分離とは「政治と宗教の分離」ではない


「政治と宗教」と聞いただけで、何やら怪しいと感じてしまうかもしれません。お金、利権、組織票……と、裏で何か悪いつながりがあるかのような悪いイメージがわいてしまう人もいることでしょう。

 現代日本の政治と宗教にどのようなつながりがあるかはわかりませんが、日本人の多くが持つ「勘違い」は正すべきだと思います。

そうです。「政治と宗教の分離」という定義が間違っているのです。

 では、何をもって「政教分離」なのか。次の東大入試から探ってみましょう。

◆東大入試は「政教分離」について何を問うたか?


 今回は、2009年の東大世界史第1問です。(一部改編)

 次の文章は日本国憲法第二十条である。

 第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
 2.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
 3.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 この条文に見られるような政治と宗教の関係についての考えは、18世紀後半以降、アメリカやフランスにおける革命を経て、しだいに世界の多くの国々で力をもつようになった。

 それ以前の時期、世界各地の政治権力は、その支配領域内の宗教・宗派とそれらに属する人々をどのように取り扱っていたか。18世紀前半までの西ヨーロッパ、西アジア、東アジアにおける具体的な実例を挙げ、この3つの地域の特徴を比較し、600字以内で論じなさい。その際に、次の7つの語句を必ず1度は用いなさい。

・ジズヤ ・首長法 ・ダライ=ラマ ・ナントの王令廃止
・ミッレト ・理藩院 ・領邦教会制

◆「離婚問題」が原点だった政教分離


 まず、この問題。いきなり日本国憲法の条文からスタートします。ここだけ見たら、日本史の問題に見えてしまうのですが、中身は世界史。余談ですが、この年に東大を受験した生徒は、かなりの衝撃を受けたことでしょう。

 さて、今回のテーマの「政教分離」ですが、イギリスにその原点があるといわれています。まずはここからお話しましょう。

 16世紀のイギリスに、世界史のなかでの有名人、ヘンリ8世という王様がいました。バラ戦争の動乱の傷も癒えないなか、ヘンリ8世は世継ぎの問題に悩みます。王妃キャサリンとのあいだに男の子が生まれず諦めたヘンリ8世は、なんと宮廷で見初めた若いアンという女性に目をつけて、子づくりに励みます。

 しかし、さらにもう1つ問題がありました。それはヘンリ8世がカトリックだったことです。カトリックでは離婚や再婚を禁じており、ヘンリがアンとのあいだに子供ができたとしても認めてもらいません。

 そしてついにアンが妊娠。生まれるまでにアンとの正式結婚を果たさなければならないため、事態は急を要します。そこでヘンリが取った作戦は、なんとカトリック教会からの離脱です。

「首長法」という法律をつくり「国王はイングランド協会の唯一最高の首長である」と定めます。つまり、イングランドとしてはカトリックを認めない、イングランドは「イギリス国教会」という別の宗教の国である、としたのです。

 これで、カトリックが禁ずるルールなんか無視して、自由に結婚ができるようになったというわけです。

 つまるところ、イギリス国教会ができた理由は「離婚がしたいから」。なんともヘンテコリンな理由です。余談ですが、このときアンが産んだ子供は女の子だったというオチもついています。あれだけ散々もめたのに……。


◆宗教分離は「政府と宗教団体の分離」

 話を戻して、これが政教分離の原点だといわれています。イングランド政府はカトリック教会から分離独立をしましたが、このように政教分離とは「政府が教会から分離する」ということです。

 政教分離は英語で「Separation of Church and State」といいます。和訳すると「教会と政府の分離」といったところでしょうか。宗教(religion)や、政治(government)という単語は登場しません。

 つまり日本人の「政治と宗教の分離」というのは勘違いで、実際は「政府と宗教団体の分離」という意味なのです。

◆総理大臣の靖国参拝は政教分離に反してはいない。


 最後に、「政府と宗教団体の分離」の意味での政教分離は、実態としてどのように使われているかというと、「特定の宗教団体に不利益を与えるのを禁ずる」です。

 アメリカ大統領は聖書に手を当てて宣誓をして就任します。「政治と宗教の分離」と捉えるとアウトですが、「特定の宗教団体に不利益を与えるのを禁ずる」の文脈で捉えるとセーフです。大統領が聖書に手を当てたところで、別にアメリカ国内のイスラム教徒に不利益があるわけではありません。

 日本でいえば、総理大臣が靖国大臣に参拝しても、政教分離の問題にはならないのです。なぜならば、仏教やキリスト教に不利益があるわけではないからです。8月になると総理の靖国参拝が話題になります。日本人の多くが政教分離を勘違いしているせいで、「総理が憲法違反をしている」という印象を持つかもしれませんが、そのようなときは、そっと正してあげましょう。(平井基之)

参考文献:
倉山満『帝国憲法の真実』(2014年、扶桑社新書)