「不戦条約」で世界は平和になったのか?

2020.8.18 戦争
 世界から戦争を根絶してほしいというのは、いうまでもなく人類の大きなテーマです。本稿では第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に世界の主要国間で締結された「不戦条約」について知り、争いをなくすために必要なことを考える材料になればと思います。

◆「不戦条約」が戦争を残虐なものにしてしまう危険性?


 昭和3年(1928)8月、フランスの外相ブリアンがアメリカに対し戦争放棄を目的とした仏米協定締結を提案します。それを受けたアメリカ国務大臣ケロッグが、各国に働きかけ、結果日本も含む15カ国が参加し、パリで調印して締結したのが不戦条約(戦争放棄に関する条約、パリ不戦条約,ケロッグ=ブリアン条約)です。後に63カ国が参加する大規模なものになります。日本国憲法9条は不戦条約の引き写しといわれており「戦争の放棄」が法律上はじめて登場したのが不戦条約で、他国の憲法にも影響しているといわれています。

 戦争が無くなることは時代を問わず誰もが望むところです。しかし、不戦条約を正確に理解するには当時の背景を知る必要があります。

 不戦条約が結ばれた背景としては、第一次世界大戦が武器・兵器の発達によって悲惨を極めたことにより、平和主義が台頭したことが挙げられます。平和主義とだけいうと良い印象を受けますが、一面でいうと、当時のヨーロッパ文明の戦争観、つまり「国家間のルール(国際法)の決まった決闘」を否定する危険性もありました。

 ヨーロッパでは、残虐な戦いとなった三十年戦争(1618年~1648年まで続いた宗教戦争)への反省から、戦争は戦時国際法のルールを遵守して行われるべきだとする思想が確立していきました。これによって捕虜の虐待禁止や、兵士と民間人の峻別などが重んじられるようになりました。

 しかし、「戦争」そのものを否定したら、ルールを守る義務もなくなってしまいます。たとえるなら、それまでルールに基づいてサッカーの試合を行っていたのに、「もうこれはサッカーではない」ということになったら、ボールを手で持つことや、相手の選手に危険行為をすることも罰せられない「無法状態」になってしまう、といったところでしょうか。実際に、20世紀に繰り広げられたゲリラ戦の地域紛争などでは、民間人が巻き込まれたり、捕虜が虐待されたりする悲惨な事態が頻出することになります。

◆何が「自衛」で、何が「侵略」なのか?


 では、当時、不戦条約の効果はあったのでしょうか? 実際には、多数の国から留保がつけられました。

 特にイギリスが「世界には、その福祉と保全とが我が国の平和と安全のために特別かつ死活的な利益を構成する諸地域がある。このような地域を攻撃から護ることは、イギリス帝国にとって自衛措置である」としたことや、アメリカが「各国は常に条約規定とは関わりなく、自国の領域を攻撃または侵入から防衛する自由を有し、かつ自国のみが、事態が自衛のため戦争に訴えることを必要とするか否かについて決定する権限を有する」といったように、「自衛が何かは自分で決める」と不戦条約を留保したことは、この条約の意味を大きく変質させることになります。

 不戦条約では自衛・侵略の意味は示されておらず、米英は広大かつ無制限な自衛権を自ら留保しました。また、侵略を確認する国際機関がないのも欠陥といえるでしょう。むしろ逆に、不戦条約が「無制限の自衛」を建前にした侵略を許すことにもつながりかねません。

 この不戦条約に代表される平和主義が第二次大戦最大の原因になったという指導者もいます。ウィンストン・チャーチルは第二次大戦を回顧しイギリス国内の平和主義者の政治家によってドイツの増長を止めることができなかったことを見て、「平和主義者が戦争を起こした」と述べています。

◆侵略が何かわからないのに、ドイツと日本は侵略者?


 極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判においては、侵略戦争の犯罪性の根拠が不戦条約に求められます。それに対して、日本はさまざまな根拠を示して「日本は自衛のために戦争をした」と主張しました。

 ちなみに日本政府は、すでに開戦の詔勅で次のように述べていました。日本は東アジアの安定を確保し、世界平和に寄与しようと考えてきたのに、中華民国はみだりに事を構え、米英はその中国を支援しての禍乱を助長し、平和の美名に隠れて東洋制覇の野望を遂げようとしている。さらに平和的通商に妨害を与え、経済断交までして日本の生存に重大な脅威を加え、さらに軍備も増強している。このままではこれまでの日本のアジア安定のための積年の努力は水泡に帰すばかりでなく、日本の存立も危殆に瀕してしまう。それゆえ今や日本は、やむなく「自存自衛のため蹶然(けつぜん)起って一切の障礙(しょうがい)を破碎(はさい)するの外(ほか)なきなり」。

 しかし、東京裁判では、「日本は自衛のために戦争をした」という主張は却下されます。一方で、冒頭陳述中に侵略に関する3つの定義に触れられますが、被告たちがどの定義によって有罪となったかはわかっていません。

 これについて、マサチューセッツ工科大学のリチャード・H.マイニア教授は「われわれは侵略が何かわからないのに、ドイツと日本は侵略をしたことがわかっていることになる」と述べています。

 未来を考えるうえでも、不戦条約や憲法第9条などの背景を押さえて、平和について、また憲法について検討していく意義は大きいのではないでしょうか。(八尋 滋)

参考文献:
『世界の中の憲法第九条』星野安三郎ほか、高文研、2000年
『日本国憲法の誕生』古関彰一、岩波書店、2009年
『憲法九条、侵略戦争、東京裁判』佐藤和男、原書房、1985年
『誰が殺した?日本国憲法!』倉山満、講談社、2011年
『政府も学者もぶった切り!倉山満の憲法九条』倉山満、ハート出版、2015年