スコットランド王はドイツ人!?ヨーロッパ中に広がる王位継承の網

2019.6.18
 平成26年(2014)、スコットランド独立住民投票が行われたころ、ドイツのマスコミが妙なことをいっていました。「もし、スコットランドが独立して王国になったら、王様はバイエルン公!」。

 バイエルンとは、現ドイツ南部の1州にすぎませんが、その昔は王国でした。そして、かつての王家であるヴィッテルスバハ家は今も健在で、現在の当主はバイエルン公フランツです。それにしても、「バイエルン公」が「バイエルン王」ならともかく、なぜスコットランドの王様なのでしょうか。

◆きっかけは「名誉革命」


 ときはイギリス名誉革命にさかのぼります。

 イギリスにジェームズ2世という王様がいました。カトリック教徒です。プロテスタント国であるイギリスの有力者たちは、王様がカトリックでは困ると思っていたのですが、王位継承権第1位にあるメアリー(ジェームズ2世の長女)はプロテスタントだったので、「まあ、いいか。死ぬまで待とう」と次世代に望みを託していました。

 ところが、1688年、ジェームズ2世に男子が生まれてしまいます。このままでは、カトリックが続いてしまう! もう子どもは生まれないと思っていた反ジェームズ派は慌てますが、すぐに手を打ちます。彼らが女王にと望むメアリーはオランダ総督オレンジ公ウィリアムに嫁いでいました。そこで、オランダにイングランドへの進軍を要請したのです。

 ウィリアムは軍勢を引き連れて上陸します。反ジェームズ派はジェームズ2世を追い出し、メアリーを女王に……と思っていたのですが、ここでウィリアムが「俺を王様にしろ」とわがままを言い出しました。「そうしないと軍勢を引き上げる」と脅されて、イギリス側もウィリアムの要求を無視するわけにはいきません。

 もちろん、まったく関係ない人が突然王位を要求したわけではありません。ウィリアムはジェームズ2世の姉の息子であり、イギリス王家スチュアート朝の血を引いています。メアリーとウィリアムはいとこ同士の夫婦なのです。ジェームズ2世に男子が生まれる前の段階でのウィリアムの王位継承順位は、メアリーとその妹アンについで第3位、男子の中では第1位の人なのです。

 メアリーは「ウィリアムを王様にしてあげて」と譲ろうとしますが、それでは第2位のアンが黙っていません。第1位と第2位を差し置いて第3位のウィリアムを王にするわけにはいかないということで、結局、メアリーとウィリアムが同時に王位に就くこととなりました。後にも先にもこれっきり、前代未聞の共同統治です。なにはともあれ王様の交代が無血に行われたため「名誉革命」と呼ばれます。

 ところで、スチュアート朝というのは、もともとスコットランドの王朝でした。「俺たちの王様」意識があるのか、スコットランドはジャコバイト(スチュアート朝のジェームズ2世とその直系が正統な国王だと主張する一派)の牙城となり反乱を繰り返します。

 そして、暗殺や反抗、後継者の不在に不安を覚えたウィリアムは1701年に王位継承令を発布します。「イギリスの王位を継ぐ者はスチュアート朝の血を引くプロテスタントでなければならない」と決めたのです。

 子のないメアリーとウィリアムが亡くなると、アンが女王になります。しかし、アン女王もまた跡継ぎなく没してしまいます。そして、王位継承令に従って、「スチュアート朝の血を引くプロテスタント」というと、今度はドイツのハノーヴァー家に継承されることになってしまいました。

 英蘭ハーフのウィリアムですらオランダ人扱いだったのに、ハノーヴァー朝のジョージ1世は本当に遠い親戚です。「ドイツ人の王様なんて冗談じゃない!」と、またスコットランドのジャコバイトが怒ります。

 そのためハノーヴァー朝の初期、スコットランドとの関係は気まずく、ジョージ1世、2世、3世はスコットランドを訪問していません。ようやくジョージ4世がスコットランドに足を踏み入れるのですが、このときの演出がなかなか巧みです。氏族の代表をタータンチェックのスコットランド民族衣装キルト姿で出席させます。この「タータン・パーティ」には王みずからがキルトをまとって現れます。演出は大当たりし、ようやくハノーヴァー朝とスコットランドとの融和がなりました。

 ジョージ4世はお妃(おきさき)を邪険に扱ったり、わがままな浪費家であったりと、とかく評判の悪い王様なのですが、人間なにか取り柄があるものです。ちなみにスコッチ・ウィスキーには「ジョージ4世」という銘柄があります。

◆「継承順位」が変更されることは、ほとんどない


 このハノーヴァー朝の末が今のイギリス王室です。一方、ジャコバイト的に「正統な後継者」つまりジェームズの系統がバイエルン公フランツにつながるのです。ジャコバイトの主張によれば、今のイギリス王室は正統ではないのですから、厳密には単に「スコットランドの王」ではなく、「イングランド、スコットランド、アイランドの王フランシス2世」です。

 もっとも現在のジャコバイトに大きな勢力はありませんし、バイエルン公もイギリスやスコットランドの王位を要求したりはしていません。単にドイツのマスコミが面白半分に騒いだだけです。しかし、根拠はかなりしっかりしています。

 ちなみに次世代のジャコバイト的な筆頭後継者はヴィッテルスバハ家ではありません。バイエルン公には子がなく、その弟に娘が5人いて、長女が次期リヒテンシュタイン公夫人で子沢山(こだくさん)です。もし数十年後にスコットランドが、やっぱり独立して、万が一王国になったら、王様はリヒテンシュタインから迎えることになるのかもしれません。なお、ヴィッテルスバハ家は男系継承なので、家督は傍系の男子に移ります。

 このように同じヨーロッパでも男系を優先するところと、直系を優先するところがあります。さらに、1980年以来、男子・女子を問わず長子が位を継承するように変更した国々がいくつかありますが、しかし、ほとんどの場合、すでに生まれている継承上位者の順位が法律制定によって変更されることはありませんでした。ベルギーやデンマーク、ルクセンブルク、イギリスでは、長子が男性ですし、ノルウェーは「法律制定後に生まれた王族から」という条件なので、ホーコン王太子は第2子でも王太子のままです。

 第1位継承者を外す形で法律を変えたのはスウェーデンです。ただ、第1子ヴィクトリア王女に続いて第2子カール・フィリップ王子が生まれた翌年1980年1月1日付で王位継承法が改正されたので、王子に物心はついていません。

 現在日本では女性天皇・女系天皇論がかまびすしいですが、とりわけ愛子天皇論は大変残酷な主張ではないでしょうか。大人である秋篠宮殿下や生まれながらに次期天皇としての期待を受けてお育ちの悠仁親王を皇位継承者からあえて外すということなのですから。(徳岡知和子)

参考文献:
『英国王室史話』 森護、大修館書店、1986年
Die großen Dynastien - Glanz und Macht berümter Familien, Lingen, 2012
スコッティッシュ・タータン博物館ウェブサイト:
https://www.scottishtartansmuseum.org/content.aspx?page_id=22&club_id=170857&module_id=290899