【平井基之の東大入試でわかる歴史のツボ3】国際連合は世界を「平和」にしたのか

2020.8.7
「アメリカは国際法を無視して、原爆を落とし日本国憲法を押しつけた」。これはたしかに事実です。では、果たしてその国際法とは一体どんなものかというと、知っている人は少ないように思います。本日は、戦争と平和、国際法と国際秩序に関して、東大入試から一考いただきたいと思います。

◆人類は平和をめざして努力を続けてきた


 平和とは何でしょうか? そして今の世界は平和なのでしょうか?

 戦後、日本は戦争に巻き込まれず平和を享受しているといわれます。しかし、北朝鮮による拉致被害や領土問題、自衛隊の海外派遣など、外国と関わる問題は数え切れません。世界に視点を広げても、アメリカ、ロシア、中国など常にもめごとの絶えない世界です。

 しかし、人類は戦争を抑止する努力を続けてきました。それは、1648年の「国際法」の制定から始まり、第一次世界大戦で1度ピークを迎えます。

 東大入試から、その歴史をたどりましょう。

◆東大入試は「国際法の歴史」で何を問うたか


 では、東京大学2006年の世界史第1問の問題です。(一部改変)

 近代以降のヨーロッパでは主権国家が誕生し、民主主義が成長した反面、各地で戦争が多発するという一見矛盾した傾向が見られた。それは、国内社会の民主化が国民意識の高揚をもたらし、対外戦争を支える国内的基盤を強化したためであった。他方、国際法を制定したり、国際機関を設立することによって戦争の勃発を防ぐ努力もなされた。
 このように戦争を助長したり、あるいは戦争を抑制したりする傾向が、三十年戦争、フランス革命戦争、第一次世界大戦という3つの時期にどのように現れたのかについて、解答欄に510字以内で説明しなさい。その際に、以下の8つの語句を必ず1度は用いなさい。

・ウェストファリア条約 ・国際連盟 ・十四カ条
・『戦争と平和の法』 ・総力戦 ・徴兵制
・ナショナリズム ・平和に関する布告

◆国際法により、戦争に[ルール]が設けられた


 ストーリーは三十年戦争から始まります。三十年戦争(特に初期)は宗教戦争の様相を呈していました。同時期にはシュマルカルデン戦争、ユグノー戦争、オランダ独立戦争など他の宗教戦争も起こっていましたが、ヨーロッパ全土で激しい殺しあいが続きます。

 宗教戦争は、妥協ができないのが特徴です。政府がカトリックを容認すると、プロテスタントから「政府は悪魔と手を組んだ」といわれ、プロテスタントを容認するとカトリックから同じことをいわれる。お互いが相手を悪魔であるかのように思っているため、根絶するまで止められないのです。

 しかし、さすがに疲れ果て、これ以上、殺しあいが続けられないというところまで来つつあるときに、グロチウスが『戦争と平和の法』という本を書き、「国際法」に基づく国際秩序を提案するのです。

 グロチウスは、戦争を「ルール無用の殺しあい」から「ルールに基づいた決闘」にすることを提案します。戦時と平時の区別、敵と味方と中立の区別、戦闘員と非戦闘員の区別などを提唱した結果、ヨーロッパ各国が戦争の「やめ時」を同意したのです。

◆第一次世界大戦で、国際法が破壊された


 しかし、第一次世界大戦では国際法が破壊されてしまいます。

 原因の一つは兵器の発達です。国際法では戦闘員(前線で戦う兵士)と非戦闘員(後方で戦わずにサポートをする部隊)の区別があり、殺してよいのは戦闘員だけだったのですが、大砲の射程が延び、飛行機が兵器に利用され、非戦闘員のいる場所まで攻撃が可能になってしまいます。つまり、この区別がつけられなくなったのです。

 また、ドイツは潜水艦Uボートで民間船を攻撃していますから、これも国際法を無視した行為です。他にもドイツは「シュリーフェン・プラン」に基づき中立国のベルギーとルクセンブルクを侵犯しながらフランスに攻め込みますが、これも国際法違反。国際法では敵国と戦闘してよいですが、中立国を侵してはなりません。

 また重大なのはアメリカの参戦です。アメリカは中立国のはずだったのに、途中で突然参戦します(中立を守らない)。また、戦後にはアメリカのウィルソン大統領が「秘密外交の禁止」や「民族自決」を提唱するなど、それまでの国際法が積み重ねてきた伝統を無視したのです。

 こうして、戦争と過度な被害を抑止するはずの国際法が破壊され、ヨーロッパは再度、悲惨な状態に突入し、第二次世界大戦が引き起こされてしまいます。人類は「劣化」したのです。

◆「戦争」がなくなった戦後は「平和」なのか


 時代は飛び、第二次世界大戦後に移ります。ドイツや日本が連合国に負け、その連合国が「国際連合」を名乗り戦後秩序を構築しようとしました。

 その世界秩序とはどのようなものか。「戦争」の根絶です。それだけ聞くと素晴らしいもののように聞こえますが、果たしてそうでしょうか。

 国際連合は戦争を防ぐ努力をしたのではありません。実際に、第二次世界大戦後も戦争は頻発しています。しかし、国際連合はあくまで「戦争」は否定しています。つまり、かつて国際法が規定していた「ルールに基づく戦争」を廃止するかわりに、すべてルールに基づかない「紛争」と見なすようにしただけのようなものです。

 これによって戦争は、ルールありの決闘から、ルール無用のケンカとリンチに成り下がりました。戦いはいつ始まるのか、いつ終わるのか、平和と戦争のケジメはどこなのか、ハッキリしなくなったのです。誰が味方で、誰が敵なのかも区別できなくなり、戦闘員と非戦闘員の区別もないため、不必要な殺傷が増えます。

 伝統国際法では、戦争とは「宣戦布告から講和条約締結までの期間」で、それ以外の期間のことを「平和」と呼びました。第二次世界大戦後には、その「戦争」を否定したわけですから、世界は「平和」になったのかもしれません。しかし「戦争」より酷い「紛争」が絶えない世界になったという事実も同時に直視しなければならないでしょう。

 第一次世界大戦で国際法を破壊したのも、国際連合を中心で作ったのもアメリカでした。そういえば、アメリカは日本の同盟国です。さて、日本は世界平和に貢献できているのでしょうか?(平井基之)